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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)285号 判決

控訴人 株式会社松村組

被控訴人 協同組合下関専門店会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は控訴審において請求の趣旨を変更し、原判決を取消す、控訴人、被控訴人間の昭和二十八年十一月二十六日附工事請負契約に基く工事代金増額請求の紛争事件につき、仲裁人として下関市大字彦島本村四百九十七番地吉村繁、下関市唐戸赤間町二十四番地、前野一亥、下関市阿彌陀寺町百六番地、態野久作を各仲裁人に選任する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の、事実上及び法律上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は事実関係につき、控訴代理人において「昭和二十八年十一月二十六日、控訴人と被控訴人との間に工事請負契約が成立した際、これと同時に成立した仲裁契約(民事訴訟法の仲裁契約以下同じ)において、該請負契約から生ずる紛争に関しては仲裁人三名の判定によつてこれを決すべく、仲裁人は双方共同してこれを選定すべき旨定めていたところ、請負工事金請求に関し、両者間に紛争を生じたので、控訴人は仲裁人の判断によりこれを解決すべく、吉本繁、木原芳夫、和崎暁八の三名を仲裁人として選定する旨被控訴人に通知し、且、被控訴人においても七日の期間内に仲裁人を選定すべき旨催告したところ、被控訴人は一旦仲裁人として吉本繁、前野一亥、態野久作の三名を選定する旨を通知して来たに拘らず、その後に至り右の契約が民事訴訟法上の仲裁契約たることを否認し、仲裁契約より生ずる義務、すなわち彼我共同して三名の仲裁人を選定し、仲裁人に対しその選任手続をなし、仲裁人による紛争の解決に服すべき義務を履行しようとしない。併しながら民事訴訟法の仲裁契約においては、当事者は互に仲裁契約に基き仲裁判断を招来する為に必要とする行為に協力すべき義務を負い、相手方は訴訟を通じてこれを強制し得るものであるから、被控訴人は前記仲裁契約に従い、自ら指名した前記三名を民事訴訟法上の仲裁人として選定する意思表示をなし、且右仲裁人に対する選任手続に協力すべき義務があり、控訴人はその義務の履行を訴求し得べきものである。よつて控訴人は民法第四百十四条第二項、民事訴訟法第七百三十六条により、本訴において前記三名を仲裁人に選任する旨の判決を求める旨請求原因を変更して陳述した外は、原判決の当該摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人と被控訴人との間において、昭和二十八年十一月二十六日控訴人主張の如き内容の請負契約が締結され、同時に同契約に関し右当事者間に生じた紛争を、仲裁人によつて解決すべき旨の約定が成立したことは、当事者間に争がない。

控訴人は右の紛争解決に関する約定を以て民事訴訟法上の仲裁契約であると主張するに対し、被控訴人はこれを否定し、右は単に当事者間に生ずる紛争の所謂仲裁(仲介斡旋)を第三者に依頼すべき趣旨の約定に過ぎない、と抗争するから、この点について審究すると、成立に争のない甲第一号証(控訴人と被控訴人との間の請負契約書)には「本契約の履行上、甲と乙との間に協議調わぬものは、仲裁人の判定に従わねばならない。仲裁人は三名を選定する。仲裁人の判断は多数決によりこの判断は最終のものとする」旨の記載があることを認めることができるから、右の約定は、民事訴訟法上の仲裁契約の定めであると認めるのを相当とする。右認定に反する原審証人城下源市の証言は、右甲第一号証の記載に照らし措信できないし、他に右認定を覆すに足るべき証拠はない。然るに民事訴訟法上の仲裁手続において、裁判所が仲裁人を選任し得べき場合は、民事訴訟法第七百八十九条及び第七百九十一条所定の要件に該当する場合のみであるが、第七百九十一条が本件の場合に該当しないことは論なく、第七百八十九条は当事者双方が各自単独で仲裁人を選定する権利を有する場合の規定であるところ、本件仲裁契約に在つては、当事者双方が共同して仲裁人三名を選定する約旨であつて、各自が単独で仲裁人を選定し得べき約旨でないことは、控訴人の自認するところであるのみならず、成立に争のない甲第一号証の記載によつて明らかであるから本件仲裁契約においては裁判所による仲裁人の選任を求め得べきものではない。

控訴人は本件においても裁判所に対し仲裁人の選任を求め得べき根拠として民法第四百十四条第二項、民事訴訟法第七百三十六条を援用するけれども、民法第四百十四条第二項は、民事訴訟法第七百三十六条と相俟つて、法律行為(固有の意義の法律行為のみならず、苟くも法律効果の発生を目的とする債務者の意思又は認識の表現を内容とするものはすべてこれを含む、以下同じ)を目的とする債務については、裁判所が債務者に当該法律行為をなす義務のあることを確認し、それをなすべきことを命ずる裁判をなし、且それが確定すれば、これによつて右の意思表示乃至準法律行為が債務者によつてなされたと同一の効果を生ぜしめることとする趣旨に過ぎないから、本件において控訴人が右両法条を根拠として訴求し得るのは、被控訴人に対し、控訴人と共同して仲裁人三名を選定し且その仲裁人に対する選任手続に協力すべきことを命ずる給付判決に過ぎず、右両法条によるも、仲裁人を裁判所が直接選任する判決を求めることはできない。

従つて控訴人が被控訴人に対し、共同して仲裁人の選定及びその選任手続をなすべき旨の給付判決を求めるか、或は被控訴人が仲裁人として選定通知をした前記三名については、控訴人もこれに同意した結果、前記三名は当事者間においては既に仲裁人として適式に選定されていることを理由として右三名が当事者間の紛争における適式の仲裁人たることの確認を求める訴をなすは格別であるが、裁判所が直接右三名を仲裁人として選任すべきことを求める控訴人の本訴請求は、上述するところにより失当たること明らかである。よつてこれを棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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